「巡礼の道さまざま」

巡礼の道にもいろいろある。最も代表的かつ人気のある道は、「フランスの道」である。それ以外にも、北部の海岸線に沿って「北の道」があり、セビリャから北に延びる道は、「銀の道」、「ポルトガルの道」もある。「フランスの道」だけでもスペイン領のロンセスバジェスからでも800キロの行程である。我々の場合、サリアからの120キロ弱の行程であるので、普遍化して紹介することはできないが、牧歌的な田舎の道が続く。サリアを早朝6時に出て、明るくなる7時半頃に、一面ひまわり畑が広がった。その後、とうもろこし畑、サトウキビ畑、野菜畑、栗、りんご、いちじく等の果物の木々が続く。田舎道も、足に優しい土砂の道である。途中で、アスファルトの道や石の道もあるが、総じて快適に巡礼を続けることができる。途中には、牛や馬も見かけることができるし、坂道や下り坂もある。周りの景色が美しいので、景色を楽しみながら巡礼ができる。黄色のペンキで書かれた巡礼道の矢印も注意をしていれば見逃すことはない。500メートルごとにサンテイアゴ・デ・コンポステラまでの距離を示す標識があるので、励みになる。サンテイアゴに近づけば近づくほどアスファルトの道が多くなる。

「挨拶」

巡礼の道(カミーノ)では原則、道ですれ違った巡礼者どうし挨拶をすることになっている。とは言え、総じて若者は挨拶をせずにさっさと抜き去っていく者も少なくない。挨拶の言葉は、いろいろあるが、最も一般的な呼びかけは、「BUEM CAMINO」(良い巡礼の道を)である。呼びかけられると、同じく、「BUEN CAMINO」と返すか、「IGUALMENTE」(あなたも同様に)と返す。それ以外に、スペイン語の挨拶である「HOLA」(オーラ、やあ)と声掛けたりする。また「BUENOS DIAS」(おはよう)という言い方もある。歩いている内に自然とこれらの挨拶が口から出てくるのは不思議である。我々のグループは全員率先して声をかけた。

「スペイン人の親切」

都会のスペイン人は、世界のいずれの都会と同じく親切な人もいるし、つっけんどんな人もいる。スペイン人の良い部分と嫌な部分が交錯する。しかし、今回、巡礼をしてみて、会った人のほとんどすべての人が親切と感じられた。最初の宿泊地のルゴのメンデス・ヌニェス・ホテルのレセプショニストは、高齢の紳士で、懇切丁寧な人物であった。チェックアウトの際に、全員にミネラルウオーターをくれた。サリアのホテルの受付の女性もレストランや巡礼道の指示等大変テキパキしていた。ポルトマリンで気分が悪くなった時は、街の入り口にあったアルベルゲの従業員は私に休憩する場所を提供し、わざわざミネラル・ウオーターを持参してくれた。ポルトマリンのビジャ・ハルデイン・ホテルのオーナーも巡礼に係る情報の提供、タクシーのシェア―等で親切な対応をしてくれた。パラス・デ・レイの医者も親切に診断してくれ、通常は処方箋に従い、薬局で購入する必要のある痛み止めも特別に無料でくれた。アルスアでは、巡礼道から8キロ離れた民宿のCASA CALVOに宿泊したが、主人のルーカス氏は、アルスアの町に、自家用車で買い物に連れて行ってくれたり、翌日早朝6時に巡礼道まで車で2回に分けて送り届けてくれた。夕食も心のこもったご馳走であった。アルスアの別のアルベルゲの従業員のおばさんもCASA LUCASに連絡をとってくれたり、タクシーを呼んでくれたりした。ペドロウソの観光局のお兄さんもも民宿のCASA CALVOに電話し、迎えに来てもらう手配を多忙な中やってくれた。CASA CALVOのオーナーの娘マリアさんもペドロウソから民宿まで何回も往復してくれたり、翌日には、早朝の6時に民宿から巡礼道に車で連れて行ってくれた。サンテイアゴの巡礼証明書を発行する事務所の従業員のおじさんも、我々8名の巡礼証明書の発行を優先的に行ってくれ、わずか30分でできあがった。行く先々のレストランでは、久しぶりに、親切かつテキパキとしたウエイターの姿を久しぶりに見ることができた。

「巡礼者の国籍」

巡礼関連の書籍を読んでいると、巡礼者はスペイン人が当然一番で、ドイツ人やフランス人が多いと書かれている。今回の巡礼では、夏休みとあって、スペイン人の学生等若者が圧倒的に多かった。外国人の中では、イタリア人が断トツであちこちからイタリア語が聞こえてきた。ガリシア州のア・コルーニャ空港では、ポルトガル航空などと並んでアリタリア航空のカウンターがあった。次にフランス人でドイツ人も見かけた。アジア人では韓国人が多く、あちこちで挨拶を交わした。韓国がキリスト教国であることも関係している。フィリピン人とフィリピン人の8人ずつのグループもいた。中国人もいた。日本人は、若い女子学生と聖人のような格好の高年齢の男性1名のみであった。ラテンアメリカはブラジル人が多かった。ブラジルの有名な作家であるパオロ・コエリョのベストセラーである「星の巡礼」による影響である。夏休みということもあり、若者が圧倒的であったが、60歳を超えていると思われる高年齢者の個人、夫婦、仲間、グループも結構多かった。

「気候」

巡礼がスムーズに進むかどうかはひとえに気候に影響される。とりわけサンテイアゴへの道の最後の行程であるガリシア州は雨で有名な地域である。今回の巡礼にあたっては、雨対策としてポンチョを購入していた。しかし、幸運にも巡礼の5日間、一度として雨が降らなかった。調べてみると8月の前半や我々がサンテイアゴに到着した数日後には雨に見舞われたという。8月下旬にスペインに巡礼に行くと言うと、スペインを知るもの、知らないものが口を合わせて、「スペインの夏の暑さに注意して下さい」と言ったものだ。私は、南部アンダルシア州の州都のセビリャ市に万博で1年2カ月滞在したことがあるので大丈夫とは言ってみたが、実のところ北部の暑さの経験が無いので内心は気になっていた。しかし、現地に行ってみると、それほどの暑さは感じなかった。出発地のサリアに到着したのは午後1時頃で、確かに暑かった。最初の日は曇りであったので、ほっとしたが、2日目以降も晴れであったが、それほどの暑さを感じなかった。その理由は、まだ暗い6時に出発し、暑くなり始める2時頃に次の宿舎に到着することを心がけてきたからである。2つ目は、サリア、454メートル、ポルトマリン、387メートル、パラス・デ・レイ、556メートル、アルスア、388メートル、ペドロウソ、280メートル、サンテイアゴ、253メートルと比較的高地に位置するからである。パラスやアルスアやペドロウソなどはホテルに冷房がなかった。巡礼者の中でもブラジルのようにも暑い国から来ているものは、「寒い」、「寒い」と言っていた。先入観とは誠に恐ろしいものだ。

「アルべルゲ、ペンシオン、ホテル」

巡礼者が宿泊する施設としては、アルべルゲ、ペンシオン・レシデンシア、ホテル、カサ・ルラルなどがある。アルべルゲは公営と私営があり、公営は原則無料だが、何らかの寄付を行うことになっている。民営は8ユーロから10ユーロとなっている。公営は、予約ができず先着順で、彼らが決定する時間、例えば、11時とか12時から受付を始める。メリットとデメリットがある。圧倒的に安くつくこと、多国籍に巡礼者との会話や友情を楽しめることがある。反対にデメリットは、先着順でかつ設備が悪く、シャワー、トイレが混雑する、原則2段ベッドに老若男女が寝ることになるのでトイレの近くとかいびきをかく人の近くだと夜も寝られない。耳栓を持参するようにとのアドバイスも受けた。また盗難などの可能性もある、リュックの宅配便も必ず泊まれる確実性が無いため、受け付けてもらえない等が挙げられる。我々のような高年齢者5名を含む8名ともなれば、歩行速度の違いにより、到着時間がバラバラであったりするので、8名全員が同じアルべルゲに入れるとは限らない。スペイン人に言わせると、若者はともかく、高年齢者には適さない。ペンシオンは安ホテルと言った感じで、部屋割も個室あり、ツインあり、3人部屋ありと選ぶことができる。アルべルゲのように安くはないが、ホテルのように高くない。予約もできるし、遅く到着しても問題がない。ホテルについては、説明の要は無い。今回の巡礼では、前述のように老若男女の8名のグループ、夏場の最も込み合う時期での巡礼であることを考慮し、ペンシオンとホテルを選択した。それとは別にカサ・ルラルという田舎風の民宿もある。今回は、その性格を知らずに予約し、最初は大いに戸惑ったが、性格を知り、所在地の町から電話をすれば、迎えに来てくれるということをわかっておれば、一風変わった環境をエンジョイすることができよう。今回予約したホテル等の宿舎の1人当たりの金額は下記の通りで、リーゾナブルであったと言えよう。