毎回お楽しみいただいておりますイスパJPスペイン語文学イベント、本年度第2弾として、今、スペイン語圏で注目される女性作家を存分に紹介する対談イベントをオンラインで2021年9月25日に開催しました。
 当日は100名近い方が参加。開催後も録画配信への申し込みが続き、「2時間、盛りだくさんでとても楽しかった」「スペイン語圏の作家の本が、日本語でもこんなにたくさん読めるなんて驚きでした!」などのご感想をいただき、主催者としてうれしく思っております。以下、簡単にご報告します。
 なお、10月10日まで録画配信中ですので、詳しく知りたいという方は、ぜひそちらをご覧ください。
■2000年以降、元気な女性作家が続々登場
 近年、国内外で女性作家は注目を集めていますが、スペイン語圏においても力のある女性作家が2000年以降つぎつぎ登場し、国際ブッカー賞や全米図書賞に何人もノミネートされています。しかし日本では、スペイン語文学の翻訳出版は英米文学に比べはるかに少なく、さらに残念ながら、女性作家の作品はそれほど多く翻訳されていません。「ぜひ、スペイン語圏の旬の女性作家を知ってもらいたい、女性たちの声を聞いてほしい」と企画され
たのがこの対談でした。登壇者の松本健二氏はチリのパウリーナ・フローレス『恥さらし』、宇野和美氏はメキシコのグアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』を最近翻訳出版し、数多くの書評で高く評されている翻訳家です。
 ネッテル著『赤い魚の夫婦』は一緒に住む動物をとおして語り手の心の機微が丁寧に描き出されている短編集。ラテンアメリカ文学といえば大きな歴史をテーマとする伝統がありますが、ネッテルはシンプルで読みやすい文体により個々人の小さな物語を紡ぎだしています。
 『恥さらし』のフローレスはチリの新進若手作家。チリ国内のローカルな作家でしたが、スペインの大手出版社から出版され始めスペイン語圏全体で読まれるようになりました。松本氏は、この短編集の一篇、「よかったね、わたし」をとりあげ、謎を残したまま終わり不思議な情感が読後に残ることが魅力と語りました。
■ぜひ読んでほしい女性作家作品
 続いて紹介されたのは、アルゼンチンのサマンタ・シュウェブリン(『口のなかの小鳥たち』『七つのからっぽの家』、マリア―ナ・エンリケス(『わたしたちが火の中で失くしたもの』)、メキシコのバレリア・ルイセリ(『俺の歯の話』)、キューバのカルラ・スアレス(『ハバナ零年』)。
 エンリケスはホラー・プリンセスと宣伝される作家ですが、男性優位社会やルッキズムなどへのアンチテーゼをホラーで描くなど、ホラー小説にとどまらない凄みのある作家です。ルイセリの『俺の歯の話』は「世界一の競売人」と称する男を主人公とし、アメリカと中南米を移動する人にフォーカスした実験小説。写真や年表も取り込んだ斬新な書籍なので、書店でみかけたらぜひ手に取ってごらんください。
■翻訳が待たれる注目作家・作品
 その他、注目の女性作家たちがぞくぞくと日本語訳を待っています。新しい作品を年間100冊読むことがノルマだという松本氏と、海外の新聞書評、ブックフェア、書店などからきめ細かく情報収集している宇野氏が選んだのは次の5人。
・ピラル・キンタナ(コロンビア)『雌犬』『奈落』
・フェルナンダ・メルチョール(メキシコ)『ハリケーンの季節』『パラダイス』
・セルバ・アルマダ(アルゼンチン)『吹きすさぶ風』、『煉瓦職人たち』、『ただの川ではなく』、
『死んだ少女たち』
・サラ・メサ(スペイン)『ある恋』
・ブレンダ・ナバロ(メキシコ)『からっぽの家』
 これらは、辺境の村や田舎町の限られた人間関係、人間の弱い部分、妄想的恋を丁寧に描き出し、一方でラテンアメリカの社会問題をえぐりだす多様な物語世界を展開しています。また、読みやすい小説から、メルチョールのように一章が一文で切れ目なくつながり複数の声が重なる実験的な作品まで、手法もさまざま。
 手の届く範囲を丹念に描写する女性作家の手法はいわば古いリアリズムのようにみえます。しかし、男性作家なら観念や神話を持ち出すところを人間の物語にひきもどす、むしろ新しいリアリズムや物語の原初的パワーが女性作家にはあると松本氏は論じました。
■新しいスペイン語圏女性文学をお楽しみください!
 この秋から冬にかけて、また来年、再来年と、スペイン語圏の女性作品の翻訳出版が少しずつ続きます。こうした女性作家たちは、従来のスペイン文学、ラテンアメリカ文学のイメージとは違った新しい文学を展開しています。一冊でも彼女たちの物語を読んでみていただければうれしいです。
 本イベントでご紹介した各国の女性作家作品、これから翻訳出版予定の女性作家の作品をまとめたリスト、そして女性男性を問わず、この10年間に日本で翻訳出版されたスペイン語圏全体文学作品リストは参加者に配布しています。