執筆者:桜井悌司(NPO法人イスパニカ文化経済交流協会)
チリワインは日本市場で大成功をおさめた。このレポートは、その要因を説明するものである。それも従来、良く紹介されているような、チリワインのコスト・パーフォーマンスが良いとか関税が低い等の説明ではなく、日本の消費動向、チリの生産能力・輸出能力の拡大、チリワインをプロモートした主体、すなわち、チリのワイナリー、チリワイン協会、チリ貿易発展局(プロチレ)、日本の輸入代理店、ジェトロ、個人等の活動がどのような効果をもたらしたのかを紹介するものである。このレポートの見解は、組織のものではなく、全く個人のものである。
「チリが最大の対日ワイン輸出国に」
チリは、2015年、ワインの対日輸出量で、初めてフランスを抜き、トップに躍り出た。その後、2016年、17年、18年も、フランスとの差を広げている。キリンビールの調査によると、表1のような数字になっている。2007年には、10,518キロリットルだったのが、2017年には、5.3倍の55,519キロリットルになった。スペイン、イタリアは、同じ11年間で、それぞれ2.3倍、1.5倍の伸びを示した。ずっとトップを守り続けたフランスは、逆に13.4%のマイナスであった。輸入総量も、1.5倍しか伸びていない中にあって、チリワインの躍進が突出している。ただし、輸入金額においては、フランスは、ワインの価格の高さによって首位を保っているが、チリは、イタリアを抜いて第2位につけている。
ジェトロが発行する「アグロトレードハンドブック」から調べてみると、1995年までは、取るに足らない対日輸出量であったので、掲載されておらず、1996年になって初めて1,986キロリットルの対日輸出を記録した。その後。ぐんぐん、輸出量を伸ばし、2016年には、80,150キロリットルと、過去20年に、40倍以上の伸びを示した。(数字の取り方が下記の表と異なる)
表1 主要国のワインの対日輸出数量の推移
年 | チリ | フランス | イタリア | スペイン | 合 計 |
2007 | 10,518 | 52,589 | 22,717 | 8,237 | 119,044 |
2010 | 21,335 | 47,160 | 24,871 | 13,687 | 133,516 |
2013 | 36,435 | 56,689 | 33,271 | 23,403 | 180,166 |
2014 | 43,695 | 52,991 | 33,835 | 21,005 | 180,874 |
2015 | 51,593 | 51,521 | 34,643 | 20,216 | 185,615 |
2016 | 50,535 | 45,711 | 32,093 | 19,403 | 172,395 |
2017 | 55,519 | 45,523 | 33,590 | 19,761 | 179,251 |
伸び率
07/17 |
527.8
% |
86.6
% |
147.9
% |
233.9
% |
150.6
% |
*財務省関税局調べ(葡萄酒)2L未満の数量 KL
*統計条件が異なることによって、数字が異なることもある。
*キリンビールの調査に基づき、筆者が加工した。
「では、何故チリワインがトップに躍り出たのか」
ではここで、何故チリワインが躍進したのかを考えてみよう。本稿では、様々な観点から分析する予定であるが、まず一般的に言われている4つの要因からみてみよう。
- チリワインは、安くて美味しい。
各種ホームページで、チリワインを検索すると、ほとんどすべての評価は、価格の安
さである。一昔前は、ワインと言えば、高級、高価格であったが、チリワインの普及で、日常主として定着したのだ。低価格であれば、戦後の日本製品の評価のように、「安かろう、悪かろう」という評価が普通だが、チリワインの品質は、決して悪いものではなく、コスト・パーフォーマンスが極めて高いのである。しかも、チリワインは、ボトルを空けてすぐにも飲めるという特徴もある。またチリワインは、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロー、シャルドネ、ソーヴィニョン・ブランというように単一種から作られているため、味がわかりやすいとも言われている。
- チリワインの輸入関税が低い。
チリと日本の間で、経済連携協定(EPA)が締結され、2007年9月に発効し
た。それに伴い、チリワインの関税が徐々に軽減され、2016年の時点で、5.8%、2019年には、関税がゼロになる。欧州諸国に比較し、各段の優位性を持っている。しかし、2019年2月に、日本とEU間で、経済連携協定が締結されたので、EUの関税は、従来の15%ないしは1リットル当たり、125円だったのが、無税になるので、今後の推移が注目されるところである。欧州ワインの値下げはすでに始まっている。
- チリにはブドウの病気であるフィロキセラも無く、ブドウの栽培環境が優れている。
19世紀にフランスや欧州で、フィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)というブドウの
木を枯れさせる病気が蔓延し、壊滅的な被害を与えたが、チリには、フィロキセラ発生以前に、持ち込まれたため、チリには上陸しなかった。またブドウやワインの生産に適したテロワールも優れている。
- チリは、日本のワインの消費動向に最も適切に対応した国である。
もう一つの意見を紹介する。日本輸入ワイン協会の事務局長の遠藤誠氏の意見である。同氏によると、日本のワインの消費動向が大きく変わった。90年代半ばまでは、飲むスタイルが「外飲み」で、レストランでフランス料理を食べる時に飲むものという雰囲気であった。しかし、バブル経済が崩壊し、手頃なイタリアワインの輸入が伸びた。それでも晴れの日に高級ワインを飲むというのが主流であった。ワインを飲むマナーも強調され、勉強が必要とされた。90年代後半には、赤ワインが健康に良いということになり、98年前後から赤ワインブームになり、主婦層を中心として、低価格で品質もそこそこのワインを「家庭」で飲むようになった。販売側も酒屋さんからスーパーマーケットやコンビニ等に移り、大きな面積を占めるようになった。ワインが身近になり、敷居が低くなり、カジュアルになってきた。その時流に「チリワイン」がうまく乗ったのだという意見である。チリのワインも低価格帯からテロワールを意識した高級ワインの対日輸出にも力を入れている。
(日本輸入ワイン協会 1985年のエチレングリコール事件の際に発足、現在会員数38社。会長 山本博氏、事務局長 遠藤誠氏)
「チリワインが伸びたのは、それだけの要因なのか」
日本市場への参入は、なかなか難しいと言われている。消費者の嗜好は厳しく、各国とも大いに苦労している。チリワインの日本市場の成功も上記4つの要因だけではなく、さまざまな内的要因、外的要因、チリワインの対日輸出に携わったチリワイン業者、チリに輸出振興機関のプロチレ、ジェトロ、日本のワイン輸入代理店、個人などの活動もあったに違いない。そこで、ここからは、そう言った要因を一つずつチェックしていくことにする。
「要因1」 日本のワイン消費量が急激に伸びた
表2の日本のワインの消費量の推移からみよう。日本のワインの消費量は、1972年には、わずか、8,986キロリットルにすぎなかった。内訳は、国産ワインが、7,407KL,輸入ワインは、1,582KLであった。44年後の2016年には、合計消費量は、352,492KLで、39.2倍になった。国産ワインの伸びは、14.6倍であったが、輸入ワインは、244,277KLで何と154.4倍になったのである。1993年までは、国産ワインの消費が輸入ワインの消費を上回っていたが、初めて輸入ワインが優位に立ち、以降、毎年その差が拡大している。一部、前年比でマイナスの年もあるが、総じて、右肩上がりで、一気に、前年比30%以上の伸びを示した年は、1973年(61.9%増)、1974年(39.6%)、1975年(35.0%)、1997年(41.0%))、1998年(32.5%)となっている。これをみても、ワインの消費が、急激に拡大し、一般大衆のものになっていることが理解できる。その意味で、チリワインのコスト・パーフォーマンスが、その急増傾向に大いに貢献したと言えよう。日本の消費者のワインの消費量、とりわけ輸入ワインの消費量が驚くべきスピードで増加したことは注目すべきである。
表2 日本のワインの消費数量の推移(1972年~2016年)
年 | 国産ワイン | 輸入ワイン | 合計 |
1972 | 7,407 | 1,582 | 8,986 |
1975 | 21,282 | 6,143 | 27,425 |
1980 | 33,062 | 10,903 | 43,965 |
1990 | 59,566 | 58,620 | 118,186 |
1994 | 54,446 | 68,458 | 122,904 |
1998 | 112,898 | 184,985 | 297,883 |
2000 | 104,565 | 161,503 | 266,068 |
2010 | 84,254 | 178,221 | 262,475 |
2016 | 108,215 | 244,277 | 352,492 |
伸び率
1972/2016 |
14.6倍 | 154.4倍 | 39.2倍 |
国税庁: 単位KL
「要因2」 チリワインの生産量と輸入量が、飛躍的に伸びてきた。
以上、需要側の日本のワイン市場につき説明したが、供給側のチリのワインの生産量と輸入量の推移を見てみよう。統計が入手できる年が不規則であるが、入手した情報から、いくつかの興味ある点を紹介しよう。統計の取り方が、統計に計上する範囲によって異なることを予め断っておきたい。
- ワイン生産量の伸び
2016年の生産量は、1,109,667KLで、21年前の1995年の31
6,817KLと比較すると、350.3%の伸び、生産が好調だった2015年と比較すると、413.4%増である。ワインの生産量が増加しているということは、原料であるブドウの生産がのびているということに繋がる。フランス、イタリア、スペイン、ドイツ、ポルトガル等のヨーロッパ諸国は、国土の狭さや他の作物の栽培等で耕作地が限定されている。そのため容易にワインの生産を増やせないのが実情である。
表3 チリワインの生産量の推移
年 | 生産量 KL | 年 | 生産量 KL |
1995年 | 316,817 | 2010年 | 1,046,381 |
1998年 | 526,550 | 2012年 | 1,256,689 |
2001年 | 545,179 | 2014年 | 991,935 |
2003年 | 668,222 | 2015年 | 1,309,850 |
2007年 | 827,746 | 2016年 | 1,109,667 |
伸び率 % | 1995/2016
1995/2015 |
350.3%
413.4% |
チリ農牧省
- ブドウ耕作地の急速な拡大
ブドウの耕作地の拡大にも注目すべきである。筆者が1980年代後半にサンテイ
アゴに駐在していた時代に、それまでブドウ栽培とは縁のなかった第3州のコピアポの砂漠地帯に広大なブドウ畑が現れたことをテレビや新聞で大々的に取り上げられた。おそらく、その時代からどんどんブドウの栽培面積が拡大したものと思われる。、2000年以降、チリ南部の気候冷涼な地帯でもブドウの栽培が開始され、ビオビオ・ヴァレーまで広がり、その後パタゴニア地帯まで拡大した。
下記の表4をみると、1995年にはワイン品種用のブドウ栽培地の面積は、54,392ヘクタールであったのが、2015年には、141,918ヘクタールと2.6倍に伸びている。さらに注目すべきは、海外で需要の大きい品種の栽培地が急激に伸びていることである。チリワイン業界の二―ズ把握力とマーケテイング能力の高さが理解できる。
表4 ワイン用ブドウ品種の栽培面積の推移(単位:ヘクタール)
品 種 名 | 1995年 | 2005年 | 2015年 |
Cabernet Sauvignon | 12,281 | 40,441 | 43,211 |
Merlot | 2,704 | 13,142 | 12,243 |
Chardonnay | 4,402 | 8,156 | 11,698 |
Sauvignon Blanc | 6,135 | 8,379 | 15,173 |
Pino noir | 215 | 1,361 | 4,149 |
Pais | 15,280 | 14,909 | 12,521 |
Carmenere | - | 6,849 | 10,861 |
Syrah | ― | 2,988 | 8,233 |
その他 | 13,375 | 18,223 | 23,829 |
総面積 | 54,392 | 114,448 | 141,918 |
出所:田辺由美著 「CHILE WINE-テロワールに恵まれたチリワイン」Wines of Chile 2017年発行
- 輸出量も飛躍的に増大した
一方、輸出量の推移を見てみよう。1995年のチリワインの輸出量は、128,
973KLであったが、2016年には、910,981KLに達した。21年間の伸び率たるや、706.3%である。1995年には、チリのワイナリーも輸出に熱心ではなく、生産量の40.8%が輸出されたが、2016年は、生産額の82.1%が輸出に回っている。このことは、輸出より国内消費を優先するアルゼンチンとは異なる。戦後の日本とよく似ており、チリ人は輸出マインドが旺盛と言えよう。
表5 チリワインの輸出量の推移
年 | 輸出量 KL | 年 | 輸出量 KL |
1995年 | 128,973 | 2012年 | 751,652 |
1998年 | 230,953 | 2014年 | 805,983 |
2007年 | 364,541 | 2015年 | 881,453 |
2010年 | 733,511 | 2016年 | 910,981 |
伸び率 % | 1995/2016 | 706.3% |
チリ農牧省
- チリワインの過去3か年の国別輸出(2016年~2018年)
次に、チリの中央銀行発発表によるチリワインの過去3年間(2016年~18年)
の国別輸出を見てみよう。今まで、日本との関係で見てきたが、チリワインの最大の輸出国のランキングは、輸出量では、2016年には、英国、中国、日本、、2017年には、、中国、日本、米国、2018年には、中国、日本、英国となっている。輸出額で見ると、2016年には、中国、米国、日本、2017年と2018年は、中国、日本、米国の順である。目まぐるしく変化していることが理解できる。とりわけ、中国の躍進は目を見張らざるを得ない。中国での消費量の増大に伴い、日本への今後の供給面で影響が出ることも予想される。
表5で、2016年から18年の過去3か年のリットル当たりの単価をみると、、
日本の場合、2.88ドル,2.81ドル、3.50ドルで、平均単価は、3.05ドル、
3.16ドル、3.19ドルとなっている。中国や韓国の輸入単価は、日本のそれよりはる
かに上回っている。中国や韓国の消費者の方が、高価格のチリワインを飲んでいることに
なる。
表6 チリワインの国別輸出量・輸出額(2016年~18年)
国 名 | 2016年 | 2017年 | 2018年 |
中国 | 57,435,771
196,553,309 2.88 |
75,337,785
256,204,481 2.61 |
73,151,118
254,718,997 3.50 |
日本 | 54,863,847
154,652,424 2.95 |
62,741,580
173,433,869 2.46 |
56,733,542
159,588,965 3.06 |
英国 | 57,577,321
148,556,590 2.61 |
52,975,251
134,711,710 2.41 |
52,054,334
94,431,301 2.91 |
米国 | 58,752,001
184,041,763 3.41 |
55,080,670
169,157,791 3.34 |
50,862,617
155,997,589 3.33 |
ブラジル | 43,485,350
123,064,612 2.61 |
50,960,643
147,142,934 2.41 |
50,557,837
145,273,695 2.91 |
カナダ | 22,141,340
96,981,254 2.43 |
23,263,278
95,913,366 2.97 |
22,366,038
81,202,630 3.15 |
メキシコ | 14,589,221
37,469,976 2.49 |
13,022,942
37,202,447 2.88 |
14,993,397
43,314,782 2.48 |
アイルランド | 15,138,811
78,645,346 3.50 |
14,734,433
82,581,465 3.38 |
14,644,465
81,202,630 3.69 |
ロシア | 9,501,262
23,211,055 2.32 |
11,293,568
28,481,167 2.06 |
11,402,156
29,154,009 2.50 |
韓国 | 8,899,748
39,015,580 4.36 |
8,972,394
38,290,521 4.35 |
10,835,032
44,766,139 3.53 |
コロンビア | 10,110,368
28,140,059 2.35 |
10,051,050
26,749,964 2.80 |
10,437,582
27,714,872 2.56 |
合 計 | 505,345,926
1,545,913,462 3.05 |
546,702,165
1,671,199,266 2.83 |
526,744,454
1,662,858,738 3.17 |
出所:チリ中央銀行 上段:輸出量 千リットル 中段:輸出額 FOB千ドル
下段:リットル当たりの単価 ドル